私にとって恋愛とはファンタジーだ。
自分の身にはとうてい起こることのないイベントだと思っている。
いつぞやに占ってもらった時に
「無理だね」
「恋愛してる自分を想像すると気持ち悪いでしょ」
と当てられて、それ以来さらにそう思う。
自身の恋愛は気持ち悪いが、他人の恋バナは好きだ。
馴れ初めとか、どこに惚れたのかとか、色々聞きながら酒を飲むのが最高に楽しい。
何億もの中から出会った2人が仲睦まじくやっている。
何億の中その人を選んだのだ。
人によっては言語の壁がある。
どこかでアレを選ばなければ、あそこに行かなければ。
遡ると祖先が出会ってなければ、その人は存在しなかったかもしれない。
たらればを言うとキリがないくらい”もしも”の中でそうなった。
すごくない?尊くない?
でも、
運転中に、後続車がイチャイチャチュッチュしてるのを
バックミラー越しに観た時は、「オ゛ッエーッ」と言うくらいには嫌悪する。
本人たちはその行為に安心感を抱くのだろうけど、そういう本能的な生々しいのは気持ち悪く感じる。
人の感情の機微とか、思考とか理性とかそういう方の生々しいやつ。
そういうのが良いんだよ。ファンタジーだからね。
そういうところ、面倒くさい人間だなと自分でも思う。
なぜ急に恋愛観を語るに至ったか。
とある曲を好きになりすぎたからだ。
フェスの予習にSpotify premiumに加入した。その後もズルズルと聴いている。
専ら、SUPER BEAVERとサンボマスター、オーラル。
SUPER BEAVERを聴くときは、必ず最初に流す曲を決めている。
『コイスルオトメ』だ。
いきものがかりのコラボレーションアルバム『いきものがかりmeets』。
その中で、好きなSUPER BEAVERが担当した『コイスルオトメ』が私に刺さった。
私以外でも刺さった人は多いと思う。
この曲は、作詞作曲はもちろん良く、脳天を貫くようなラブソング。
吉岡さんの歌声がまた沁みるのだ。
だが、今回はそこにぶーやんの歌声である。あまりにも強烈だった。
何度も言うが、私は恋愛ができないタイプの生き物だ。
当然、まともな恋慕をしたことがない。それ系の思い出もない。
だが、この『コイスルオトメ』を聴くと、「わかる」と涙する。
もう一度言う。
何度も言うが、私は恋愛ができないタイプの生き物だ。
当然、まともな恋慕をしたことがない。それ系の思い出もない。
だが、この『コイスルオトメ』を聴くと、「わかる」と涙する。
感動のあまり、存在しない記憶を創りあげるのだ。
しかもフルオートだ。
曲が流れれば妄想が始まり泣く。
そしてそれを毎回一曲目に選ぶのだ。
恐ろしいだろ?私も恐ろしい。
どうかしている。
たまに、誰に見せるでもない二次創作のイメージソングにして泣いてるときもある。
オタクとは気持ちの悪い生き物だ。
ただの『気持ち悪い』という感想だけで終わらせないでほしい。
『気持ち悪い(ほど人生を謳歌している)』と言ってほしい。
個人的にはサンボマスターの『ラブソング』も推したい。
初めて聴いたときに泣いた一曲だ。
ちなみに、これも二次創作のイメージソングにしている。
今度友人(夏油傑推し)にも聴かせるつもりだ。
あいつは分かってくれる。あいつも泣くと思う。
是非インタビュー記事も読んでほしい。
後日談。
先日、サンボマスターのライブに行ってきた。歌うと思ってなかった『ラブソング』が歌われた。
曲繋ぎで何度も「悲しませるために歌うんじゃない。お前が泣くのは、共鳴したからだ」と言う。その時点で私はもう泣いている。
イントロ、歌い出しで抑えていた(抑えられてない)涙が溢れてきた。
皆、スマホのライトを点けて振っていたが、そんなことできなかった。
ここ数年、悲しい別れが多かった。ペットと別れ、祖父母と別れ、姪ともお別れした。自分自身も人生を終わらせようとしていた。
自分が感じた悲しみや、味わわせていたかもしれない悲しみに、涙がひたすら出てきた。
妄想に使って申し訳ない。
